レイキの始まり
レイキの始まり
1922年、京都の鞍馬山において3週間の断食修行の後、その開祖・臼井みか男師が授かった癒しの技法です。
レイキに開眼された後,、臼井先生は東京に拠点を置き1926年には亡くなられるのですが、手当て療法中興の祖として、終戦までに一説には百万人以上とも言われる信望者を集めるにいたりました。
臼井先生が亡くなられると林忠次郎先生がその後を継ぎますが、終戦後、GHQの占領政策により日本的なものの文化的財産とくに精神的なものの多くが弾圧され歴史の表舞台から姿を消しました。レイキもその一つです。
しかし、レイキは林先生より、ハワイ在住の日本人タカタハワヨ師に受け継がれました。
彼女はレイキにより大変な病を克服し、レイキに傾倒していきました。
そして、ハワイに戻ったタカタ先生は1938年よりハワイにてレイキによるヒーリングを始めましたが、ヒーラーの養成は1978年まで待たねばなりませんでした。そして、1980年になくられるまでに22人の弟子を育てられました。
そして、この弟子達が現在のレイキの世界的な普及を推進していくことになりました。
日本へはこの世界的な広まりの一環として1980年代後半に逆輸入されてきたものが一気にニューエイジの流れに乗って広まりレイキの主流となっていますが、その中で日本のオリジナルの形を残すレイキも存在することが発見され、逆輸入されたものを西洋レイキ、日本で継承されてきたものを伝統霊気などと呼んで区別しています。
そして、臼井先生に始まるエネルギーの継承を受けているものを臼井レイキと呼んだりしています。