レイキティーチャーの日記

2007年03月29日
3月29日は楽しみにしていたお伊勢参り。 
やっぱり2,3年に一度は行っておきたいものです。 

朝7時半に出発。 
予定は、二見シーパラダイスと外宮、内宮、その他。 

前日朝から左の肩甲骨の辺りに違和感があり、左腕が肩より上に上がらない状態。 
その日はその状態で整体の仕事もしていたけど、次の日の朝もやはりまだ痛みが在る・・・。 

そこに持ってきて、三男が夜から熱を出していて、朝起きた時も38度丁度。 

嫁はどうする?と言っているが、私の中には不安感が無いので、座薬を一つ持って出発することにした。 

この辺りの直感には何の根拠もないが、大抵当たる。 
天気予報も、雨だと出ていたが、降る訳ないと言っていたら本当に降らなかった。 

私からしたら、呼ばれたから行くようなものなので、それで雨を降らすなどと言うのはけしからん話なのだ。 

しかし、神様と言うのは私達の理解を超えたところでいろいろしてくれます。 

先に二見シーパラダイスの予定だったので、高速を使って早くいこうと言うことになっていたのですが、嫁のいっているルートを通るとえらいことに・・・。 

気が付くと岐阜県。 
カーナビの示す残距離が出発点よりも伸びている。 
何でやねん。 

嫁にこの道どう言う経路なのかと聞くと、しらんと言う。 
ろくに調べもせずにそのルートが早いと主張して、無理やりその道を行かせておいて、どう言うことやねん。 

出発して2時間半。 
本来なら後1時間もあればついているところで、切れる。 

通常のルートで行けば支払う必要のない高速代、ガソリン代、時間のロスを時給で考えれば1万円をゆうに超えるロスが発生。 
それが、無責任な思い込みの言葉で起こった。 

もう、普段の私はそこにはいなかった。 
ひたすらイライラ。 
言葉のとげだらけで、家族旅行の雰囲気とは程遠い・・・。 

「もう、二見シーパラダイスは中止や」 

ぎりぎりのスケジュールでしているから、どこかをカットするしかない。 
そうなれば、おまけを削るしかない。 

そう言って、意気消沈する車の中。 
一時間後、伊勢に到着。 

そこで、ふと気が付いた。 
別に一緒に行動する必要ないやん。 
一緒にいてもイライラするだけやし、子供も遠路はるばる来た甲斐もない。 
どうせ、伊勢参りをして嬉しいのは私だけなのだし。 

そこで全員二見シーパラダイスに降ろして一人で行動する事にした。 

昼ご飯も当然一人。 
道中、コンビニで弁当を買って車の中で食べる。 

食べていると、レイキの五戒が頭に浮かぶ。 

今日だけは 怒るな・・・ 

と言っても怒りまくってるな〜。 

でも、この怒りの感情はどうして起こるのか? 
しかも、神社に参りに来たと言うのに。 

これは、自分に与えられた課題に違いない。 

そう思ったときに、ピンと来た。 

何か気に入らないことがあったからと言って怒るのは、自分の周りに起こることは自分で全てコントロールできると言う思い上がった気持ちがあるからだ。 

業を励め・・・ 

人はやりたいことをするのではなく、やるべきことをこなしていくのが本分だ。やりたいことをしている人と言うのは、たまたまやるべきこととやりたいことが一致しているだけだ。 
では、やるべきこととは何か?誰が決めるのか? 
やるべきこととは、学びのために必要な物事であり、その内容を決めるのは因果の法則であり、宗教的に言えば神や仏とでもなろうか。 

結局人は受け入れることしか出来ない。 
現象が起こる舞台裏を無視して、何が起こるかをコントロールすることはできないのだ。 
後は、その受け取り方だ。 
受け取り方だけが自分でコントロールできる。 

そして、その受け取り方によって、舞台裏で起こることも、表に出てくるものも変わってくる。 

でてきたものは変えられない。 
それは神が自分のために用意してくれた最上の料理だから。 

感謝して、一心不乱に頂くしかない。 

それに文句を言ったり怒るのは、神や因果の法則を受け入れていないからだ。 

・・・・・ 

まだまだだな〜。 

まだ、自分は勘違いしている。 
何でもコントロールしようとしている自分がいた。 
神の思いも、因果の法則も無視して、感情が一人歩きしている自分がいる。 

そう思っていると、嫁への怒りは収まってきました。 
結局自分が至らないから、こう言うことが起こったに過ぎないのだな。 

もっと早くに気付いていたら、家族に嫌な思いをさせることも無かったのかもしれない。 

悪いことしたな・・・。 

気が付いたら、昨日からの左の肩甲骨の違和感は消えていた。 

なるほど、答えは出たらしい。 
それにしても、神様は意地悪だ。 

それからは、心も軽く足取りも軽く、しかも一人だからじっくりと満足の行くお参りが出来ました。 

神様は一つのことに二重に意味をもたせてくる。 

一つは気付きのために、そして、もう一つはゆっくりと一人で回れるように。 
粋な計らいだと感心します。 

外宮、猿田彦神社、内宮、月読宮、二見興玉神社とお決まりのコース。 
月読宮は今まで寄る事が出来なかったのだけど、一人なので気軽に立ち寄ることが出来てラッキー! 

夕方になって、日も暮れてきたので家路につきました。 
帰り道、嫁に運転を代わってもらって後ろの席でぼーっと前を見ていました。 

すると、ふと言葉が頭に浮かびます。 

「脳は刺激を求めている」 

電車に乗ってボーっとしていたり、車に乗って景色を眺めてボーっとしていても飽きないのに、家でボーっとしていると暇だ暇だとうんざりするのは何故だろう? 

これは、眼から入ってくる刺激の違いではないのか? 
脳は興味があるとか無いとかとは関係なく、刺激が入れば退屈しない仕組みになっているんじゃないだろうか? 

確かに、嫌な事柄に対してとか苦痛に対しては自己防衛の本能が働きその状態から逃れようとはするけど、そう言うものでなければどう言う刺激であっても、特に視覚や聴覚的な受動的刺激に対しても、意志とは関係なく脳は処理を始めて暇を感じなくなるのでは? 

では、瞑想などをしていて、いろいろ見えてきたり、感じたりするのは一体何か? 
それは刺激を極力押さえ、脳の働きを低下させようとすることに対して、脳が反発して暴走?を始めた結果なのではないのか? 
脳は刺激に飢えているから、外から刺激が入ってこないなら自分で刺激を作り出そうとするのだ。 

なるほど、そういうことか。 
そら、ヨガや禅のマスターは、瞑想時に見えるものに対して執着させないように指導するわけだ。 
それを喜ぶのは安易な精神世界のなんちゃってリーダーだけだ。 

と言いながらも、オカルトや精神世界大好きな私は、この自分の説を全面的に肯定はしません。 

初歩の段階では確かにこう言うことだと思うのですが、実際にある程度のレベルに達すると、瞑想などである種のストレス?を与える事で脳は通常とは違うチャネルを開くのだと予想しています。 
それは脳の暴走とは違います。 

なんだか、お伊勢参りに行ったのか、思索の旅に出ていたのか良く分からない一日でした。 

しかし、密度の濃い一日でもありました。 

それと、三男の熱は次の日は37度まで下がっていました。 
やっぱり問題なし。
2007年06月06日
ヤフーオークションの評価って意味ある?

先日ヤフーオークションに遠隔レイキヒーリングの出品を複数しました。

すると、一人の方でいくつもの落札をされる方がありました。

私としては、一人でもたくさんの方に送りたいと言う趣旨なので、複数の落札に対しても一回のみの遠隔しかしない旨を連絡しました。
当然落札価格はひーりんぐをする分も含めて一円たりともいただきません。

結果は非常に悪いと言う評価をいただきました。
相手の方は、ご家族分も含めて複数落札されたようなのですが、実質誰にも実害は無かったと思うのですが、何故私は非常に悪いと評価されないといけないのか・・・。

オークションの評価というのは主観のみで成り立っており、自分の都合思惑に合わない対応をされると、被害が無くても相手は最悪の人になるようで、正直戸惑っています。

以下、その時のメール等のやり取りを載せますので、私の戸惑いが当然のことなのか、私の応対に問題があったのか、分かる方教えてください。

(ただし、相手の方の文面は要約とさせていただきます。公平を期するためにはオリジナルの方が良いんですけどね〜)



○オークション終了後、複数落札のあった落札者の方へのメール
「はじめまして、出品者のmanabinomoriの中村です。

今回の出品はレイキヒーリングと言うものをよりたくさんの方に知っていただくことを目的としており、ご入金の必要はございません。
また、複数のご落札を頂いておりますが、一度のみの無料の遠隔ヒーリングとなりますことをご了承下さい。

遠隔ヒーリングの方は夜の11時半から30分間送らせていただきますので、ご希望の日をお伝え下さい。

以上よろしくお願いします

感謝感謝感謝 」
 
 
○それに対して返ってきた返事の要約 
「支払の件については感謝。
ただ、自分だけではなく、家族それぞれに受けさせたいと思っていたので結果的に1人で1回限りというのは残念。
自分もレイキのレベル3までやっているが、プロではなく、受ける機会もないので、期待していただけに、非常に残念。

自分だけというわけにはいきませんので、もう必要はない。

レイキは、習う際、資格を取得する際にかなり時間とお金がかかるが、必要な方々に治療をすることが第一の目的であり、それが日本ではその精神がないのが残念。この方の場合はレベル1・2をオーストラリア、レベル別の2・3を英国で受けており、多分その辺の考え方が違うのだろうか?」


○上の内容に対して一部、レイキへの理解不足を感じたので更にこちらより返事

「○○様
レイキにプロもアマもありませんよ。
また、サードまでされているのなら、私がするのとあなたがするのとで何が違うのでしょうか?

一人より二人二人より三人でするほうが効果があるとお思いならばそれは誤解です。

あなた一人でご家族、お知り合いの方へのヒーリングは十分必要な分はできるものです。

もし、私のヒーリングを受けたいと言われるのなら、毎月15日と月末の夜11時40分より、ご希望の方全員に一括で霊気を送っております。

月二回ではありますが、通常の健康維持や意識向上、時には病の症状改善の後押しに十分なものと考えています。(そう言うご感想を頂いていますので)
もし、私のこのオークションでの態度が残念・ご不満であると仰るのであれば、こちらの方をご利用いただければ良いかと思いますが、どうでしょうか?

どうか、ご検討下さい。
しかしその前に、ご自身のレイキとのあり方を見つめなおしてみてくだされば幸いです。

感謝感謝感謝」


○この返事を受けての落札者の方の私に対する評価
(これは公開されているものなのでそのまま載せます。評価は非常に悪いをいただきました)
「 結局は何件入札しても1人分しか落札できないということを事前に公開するべきです。私1人だけでは意味がありませんので、不要です。 (評価日時 :2007年 6月 5日 15時 35分) 

○それに対する私の返事
「返答 : この評価は思惑通りに行かないための感情的なものですね。レイキヒーリングを受け入れられる方の中に独り占めをされる方があるとは思いませんでした。また、同様の効果のものを無料で月二回無制限に受けていただけるイベントをご案内しているのですが・・・。 (評価日時 :2007年 6月 6日 8時 8分) 」

○また、落札者様への私からの評価とコメント
(評価はどちらでもない)
「無料で同じ効果のものを無制限に月二回受けられるものをご案内しているのに、非常に悪い、の評価は予想外でした。この評価は思惑通りに行かないための感情的なものですね。冷静にこちらが送ったメールを読み返してみてくださいね (評価日時 :2007年 6月 6日 8時 19分)」

6月6日午前現在以上ですが、どう考えてもオークションの無いように対する評価ではなく、私にレイキについて諭されたことへの感情的な反発に思えるのですが・・・
どうおもわれますか?

どちらにしても、霊気をしている方が、相手への評価を「悪い」を飛び越えて「非常に悪い」をつけられることには何を学ばれてきたのだろうかと疑問を感じます。

もう少し、冷静に物事は眺めないとね。
朝の番組で気が付いた。 

今日は9月11日アメリカでのテロのあった日だ。 

ビルに突っ込む旅客機、崩れ落ちるツインビル。 
そして、ペンタゴンにも突っ込んでいたな。 

あまりにも不自然なことが多すぎると言われるこのテロに、陰謀説は尽きない。 

本当はアメリカの自演自作ではなかったのか?などとも言われているくらい。 
何せアメリカは70年近く前に、日本が戦争をするしかないように仕向けて、事前に傍受していた真珠湾攻撃の情報を隠して、自国の兵士の犠牲を拡大させてまでして、国民の戦争意欲を喚起させた国だ。 

この時も6000人ほどの命と引き換えに、アラブ諸国へのイニシアティブが取れるなら安いものだと計算していてもおかしくない。 

ブッシュは良く過去の日本の行為を引き合いに出すが、その裏のからくりも酷似しているから、そうなってしまうのではないのだろうか? 

まあ、それはどうでも良い。 

何の心の準備も無く、その事件に巻き込まれた人がたくさんいた事実には変わりが無い。 
犠牲者の方々とその関係者の方々の魂が、道に迷うことなく光へと向かえますように。 

そして、更に願わくば憎しみの連鎖が世界を多い尽くさぬよう、全ての人が因果の法則に目覚めて、価値観の違う人々を排除することが悲劇の元を絶つことにはならないことに気が付きますように。 
怒りから起こした行動は新たな怒りを生み出すと言う単純な真理に気付かれますように。 

目の前の悲劇の原因をとことん探れば、結局は相手を恨むことでは何も解決しないことが分かる。 
自分の行いを慎み、思いやる心が不足していたのがその原因になっていることが多数を占めるのではないか? 

もしかすると、それはこの現世だけを見ていても分からないこともあるかもしれないけど、自分にその根っこがあることしか、自分には返ってこないということを知ることで人は愚かではいられなくなる。 
2007年12月17日
今日は昼から対面レイキセミナー。

水曜日に問い合わせがあったのだが、その前日から風邪気味でそのメールをもらったときには正直言って、体調最悪。

これは日曜日までに体調は戻らないな・・・どうしよう。
でも、これもご縁だろう・・・
そう思って受けることにした。

ただ、レイキティーチャーが風邪引いていますじゃ、カッコつかんだろうなとも思い、体調を出来るだけ快復させておこうと思っていたのだけど、そう言うときに限って忙しい。
整体の依頼は入ってくるわ、塾も妙に忙しくてぜんぜん体が休まない。
とりあえず、仕事の時以外は横になっていたけど、結局少し残ってしまった。

しかし、自分に対しては殆どレイキをしない私だ。
なぜなら、そのしんどいのもじっくり見て過ごして初めて生きていると言う実感があるから。

確かに、誰かにこの苦しみを取り去って欲しいと思ったら、取り去るのも一つの選択肢。
でも、何でもかんでも取り去るのが良いのではない。

私は病気は病気でしょうがないと思っている。
確かに苦しい、痛いと弱音を吐くし、医者にも掛かる。
でも、その過程を私は楽しんでいるのだ。

だから、自分にはレイキをしない。

でも、私と同じように思えない人も沢山いるから、そう言う人にはレイキをさせていただくと言うこと。

そして、今日の朝。
風邪は少し残っているけど、何とかなりそうかな?

始まれば約7時間弱しゃべりまくる。
しゃべる方も、聞く方もそれなりに体力がいるのだ。

一応立っていても、ふらふらしない。
声も普通に出ているし、大丈夫だ。

時間になって、申し込みの方が教室に来られた。

挨拶もそこそこに、レイキの話しに入って行く。
そして、この日のうちにしっかり理解して欲しいことを先に説明し、本人の中にある不安を確認しそれについての説明をしてから、講義に入った。

最初はレイキとはどう言うものかについて。
そして、レイキの五戒についての説明。

これが、うちのレイキセミナーの山場ともいえる。
というか、これがしっかりわかっていたらレイキなど出来なくても問題ないくらいに大切。
最近の書籍ではこれの説明にもかなり力が入っているものが多いが、書物にある程度の内容では、やはり自然と五戒を実践できるまでの深い理解には至らないだろう。

そして、ここでアチューンメントを入れる。
少し、呼吸を整えて気持ちを静めてから始めた。
20分後、感想は特に何も無いとのこと。

はい、そう言うものです。
私の方でも、腰の辺りに少し違和感を感じていたくらい。

実は対面よりも遠隔の方が、何かを受け取る可能性が高いのだ。
そのあたりの理由についてはここでは言わないが、受講生の方には説明した。

そして、腰の違和感については、本人は自覚は無いものの、後に姿勢に問題がありひどい肩凝りが起こることがあることが判明。どうもそれと無関係ではなさそうだ。

そう言う話をしていると、背中に何かがかぶさっているような違和感があると言ってきた。
はい、それはある種の好転反応です。

と、好転反応の説明を入れて、12ポジションについての説明をしていった。

そして、ヒーリングの進め方。
シンボルとマントラの使い方と解説。
これについては書籍やインターネット上で一般に言われている説明では、魔法の呪文に終わってしまう。
これらの機能、特に第4シンボルの働きについては正しく理解していないと、本当のレイキの世界を理解することは無いだろう。

当然こういう私も単に自分の世界の中での理解でしかないのだが、私は他の書籍などの説明では納得できない。

さらに、遠隔ヒーリングと、時間を越えるヒーリングの説明。
その核心となることについてポイントを押さえて置かねば、それぞれのテクニックが実は同じであることに気付けない。

そして、それらのヒーリングでどう言うことが起こっているのかのイメージの説明
何故それが可能になるのかの仮説の説明。

とにかく、迷信めいたまじないのように、その通りにやっていたら何かが起こるよう言うような原始的なことをしていてはいけないのだ。
そんなことをしていては何の発展性も無い。
それでは、レイキの実践をいくら積んでも精神は向上しない。

だから、しっかりとヒーリングに思いをはせ、何が起こっているのかをその人なりに理解をしていかねばならない。
そして、最後はレイキを卒業するのだ。

レイキティーチャーはそのための筋道をレイキセミナー受講生につけるのが仕事だ。
決してレイキ依存症の人間を増産することが仕事ではない。

さらに、過去や未来へのヒーリングの意義と、それを活用した願望実現の原理について若干説明して、残りの主なテクニックについて矢継ぎ早に説明。

受講生の人も大変。
かなり疲れてきたようだが、私は逆にどんどん元気になって行く。

多分、レイキについて語っているのが好きなんだろうね

一通りの説明が終わり、わずかだけど実践練習。

発霊法を一緒にする。
これは本当に気持ちが良い。
多少の疲れや不調はすっ飛んでしまう。
また、感覚を鍛える上でも役に立つ。

そして、ショートセッションの他者ヒーリング

先ずは実際に受けてもらう。

一ポジション当たり1分くらいで手短に済ませたが、この時には光が見えていたらしく、やっぱり少しヒーリングの必要があったみたい。

おかげで、受講生の方もかなりレイキについて確信がもてたようだ。
なかなか、何も感じないままでは信じられないものだが、本当は何も感じないでいながらも、それが否定できないくらいに思考を積み、体験を積むことの方が望ましい。

あまり神秘的な体験をするとその印象に邪魔されて、本質から外れてしまう。
パワーがどうとか、波動の質がどうとか言っているのはそう言う連中だ。
彼らはもう幻想と戯れてしまっている。
いつか、足元の現実につまずくまでそれには気付けない。
傍から何を言っても、分からない。
夢は覚めなければ夢だとは気付けないから。

そして、私を練習台になってショートセッション。
しかし、私が練習台だから、正直言って受講生の人が殆ど感じるものも無いだろうなと思っていた。
何故なら、風邪ひきだとはいえ、それほどヒーリングの必要がないのだから。
しかし、頭の上に手をかざされた時にはしっかりと圧力を感じていた。
手は触れていないけど、しっかりとそこから出てくるものを私は受け取っていた。

本人はあまり自覚が無いようだけど、大丈夫。
しっかり出来てる。

ヒーリングで相手に手を当ててもぴんと来ないようだけど、お互いの手を向け合って、互いの体の中を気を巡らせるようにするのはしっかりと感じ取っていたようで、結構目を見開いて楽しんでいるようだった。

気の存在を確信させると言うのは大変だな。

そして、ヒーリングの際の視点の置き方について説明した。
普通に自分の目で眺めていても手に何かを感じることは大変な人でも、目の位置を変えると何かを感じることが出来る場合がある。

そして、最後の質疑応答。
いろいろな心配事や、それぞれのケースでのレイキの活用法や、事態の解釈についての説明。安心して、確信を持ってレイキをして行くための意識の持ち方。物の見かたについて説明した。

終わったの8時前。
始める前には、気が遠くなりそうな時間が、終わってみるとあっという間のことだった。

人生も又同じようなものだと思う。
今在る苦しみも、過ぎればあっという間の事だったと思うのだろう。

そのことを、しっかり理解できれば、もしかするとレイキなど必要ないのかもしれない。 


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